1.倉島自然豊農「クレド設定」の経緯
農業に参入して一番困ったことは、何を参考にしてよいのか分からないこと。
何から何まで自分たちの解釈が必要になってくることだ。
たとえば、栽培技術。知見を得るために何冊か書物を紐解いてみても、前提条件を理解できていないためか、参考文献が矛盾しているように解釈できたりする。誰かに聞いてみても、人によって言うことが少しずつ異なって聞こえる。肥料を入れた方がよいという人と入れなくても十分に育つという人がいる。
見た目が良くないと売れないとの話もあれば、農薬使ってなければ売れるという話もある。堆肥はいらない、堆肥は必須。連作障害は起こる、起こっても数年経てば問題なくなる。除草しないと野菜は育たない、除草しない方が強くなる。などなど。
それぞれの方法等を検証しようと思っても、結果がわかるまでに長い時間がかかる。
加えて、そもそもの畑の土質や今までの土造りの仕方、作目の来歴も結果に影響を与える。その上毎年、気候は少しづつ異なる。
そのため、検証しようにも条件を一定にするのは難しく、変数が多くなり、何が有効であったかを明確にできない。「何となく」でしか判断できない。
また、品質も考え方によって異なる。一般的な市場に出回っている作物は、一般に形や大きさなど目で見てわかる基準で判断されているので、栄養価がとても高い作物であっても見た目が悪ければ、評価されない。
逆に、無農薬栽培を重視する方であれば、見た目よりも農薬の使用有無を評価する。見た目や価格は二の次になる。
月の満ち欠けなども考慮にいれるビオディナミを重視する方は陰暦にそった手法での栽培か否かを重視する。
食という生きるのに大切な行為だからこそ色々な考え方があるのだろう。結局は、その人の経験や考え方ですべて変わるようだ。農業は宗教みたいなもので、宗派というか流派が無数にある。主観が入ってくる。工業品と異なり、放っておいても育つので、完全に間違った考え方や技術で無い限りは、多くの場合、収穫まではたどりつける。
そのため、自分たちなりの農業のあり方を決め、細部までやり方を考えないと行き当たりばったりの農業になってしまう。そこで、何をどうやって栽培するかを検討するために、
代表的な手法を我々なりにまとめたのが下表「表1農法比較」になる。そして、表をまとめる過程がクレドを考えるプロセスにもなった。
この表から、慣行農法が99%を占めるので、慣行農法=農業と考えてしまってよいと思う。そこで、慣行農法を少し掘り下げてみたい。
取引のある農機具整備会社会長(70歳代)の話によると、S40年代より化成肥料の配給制がはじまった。当時、化成肥料は医者にもらう薬のように大切に扱われていたとのこと。また、動力として畜力に代わりエンジンが導入され、伝統的な農法が変化し慣行農法が確立されていったようだ。
慣行農法では、作物に必要な栄養を主に化成肥料で供給し、病害虫が出たら化学的な農薬で対処し、健康な野菜を育てる。健康な野菜を作るために行われる最も科学的な手法だ。
その恩恵で、我々は食料の安定供給を当たり前にして、生活することができている。
慣行農法は我々人間が、栄養バランスを考えた食事をとりサプリを飲む、体調を崩せば、薬を飲み病院に通い健康を維持するのと何ら変わらない。肥料も農薬も化学的なものであるが、人間が飲む薬も化学的なものが殆どだ。どちらも同じように国により安全性が確認された上で販売されている。たとえば、マラソン乳剤は散布して最短で24時間は効果を発揮するが、24時間を超えれば無害になる。当たり前だが、利用法を間違えれば、薬も毒になるので、利用法が決められている。そして、生産者には報告義務がある。加えて、流通側でも頻繁にサンプリングを行い、安全性を担保している。
60~70年代に農薬による健康被害があったのも事実だが、その後安全性を確保するために、法制度や流通の仕組み、農薬そのものなど様々な改良がなされた。そして、現在では99%以上の国内農地で慣行農法が行われている。
これに対して、慣行以外の農法はすべて合計しても耕作面積は0.4%。これらの農法の共通点は、化成肥料を使わないことと収量が慣行農法に及ばない点。例外的に慣行を上回る収量を上げる農法もあるが、あくまで例外だ。
そしてこれらの農法で異なるのは、表1のとおり1)除草の有無、2)耕起の有無、3)播種方法、4)施肥の有無、5)種の種類、6)コンパニオンプランツの利用有無、そして、7)農薬でない農薬の使用有無だ。ここで言う農薬は農薬として登録されていないもの。木炭製造の副産物である木酢酢や土壌中に存在するバチルス菌や乳酸菌などの微生物だ。いずれも100%天然素材であるが、経験的に安全であっても、認定農薬のように科学的には確認されていないものもあるようだ。
上記1)~7)の相違点で各手法がそれぞれ2つだけと考えても、組み合わせは128通り(2の7乗)になる。現実には、堆肥に配合する資材を何にするか、配合比率はどうするか、切り返しはどの程度行うのか、元肥か追肥か、どういった品種のたねを使うか、輪作するか、耕起はどの深さまで行うか、粒度はどうするかなどを決めていくので、選択肢は無限だ。
それら選択肢もオカルト的や呪術的なものから科学的なものがある。オカルト的とも思える手法をトップワイナリーが採用し、1本300万円するワインの原料となるブドウをつくっていたりする。農耕は約1万2千年前に始まったとされるが、1万年以上経っても様々な手法が淘汰されるのではなく無数の手法が残り続けているようだ。
2.良い土壌とは
①団粒構造(物理性)
このように手法は数限りなくあり、意見がまとまらないが、「良い土壌」に関しては、 意見がまとまっている。それが団粒構造だ。農業では一般に土壌を3つの観点、物理性・ 生物性・化学性から捉え評価している。団粒構造は物理性の観点からの定義だ。馴染みのない表現だが、要はフカフカの土。フカフカの土は排水性・保水性・通気性が作物栽培に 適したバランスになっていて団粒構造と呼ばれている。
では、どうやって農地をフカフカ の団粒構造にするかが課題となる。乱暴にいえば、炭素分の多い堆肥を入れればよい。その結果、微生物が増え、ミミズなどが増え、地中にそれらの分泌物である有機酸が増え、団粒化を促す。
このように毎年堆肥を入れ続ければ5~10年程度で良い土壌になる。しかし、現実に は良い土壌を作るためにでも、長期間、農地を遊ばせておくことはできないし、堆肥も無 料ではない。日本の人口が三千万人もいなかった江戸時代でさえ、2~3年も休ませるの は困難だったようだ(農業全書)。
そこで、堆肥をまいた直後に、ミミズを大量に入れてみたり、酵母菌を撒いた上で透明 マルチを敷いてみたりと様々な手法で、土壌の団粒化を促進させている。また、短期的にはフカフカの土壌は諦めて長期の課題としても作物が育つように、明渠 や暗渠をつくって排水を促したり、潅水設備を入れて、保水が弱くても水を供給できるよ うにしたりする。その土壌に適した作目、たとえば、乾燥した砂上の土壌には山芋、排水 の悪い粘土質には里芋を植えたりする。このように、元々がフカフカの良い土でなくても、 土壌の団粒化を促しつつ、作目が育つように様々な工夫が行われている。 また、物理性がイマイチでも、土壌の化学性を改良することで、作目が十分に育つ。それ に一役買っているのが化成肥料である。むしろ、化成肥料があるから、良い土壌でなくと も収量を得ることが可能になっているという方が正解かもしれない。そして、化成肥料が 我々を飢饉から開放してくれている。
②化学性(化成肥料と農薬)
では、化成肥料とは何か。極論すると、窒素・りん酸・カリと言い換えられ、植物が必 要とする栄養素そのもの。何はなくとも窒素・リン酸・カリさえあれば、植物は育つ。苦 土石灰も含まれるが、これらは肥料よりも土壌改良資材との位置づけが一般的だ。そのた め、一般に販売されている化成肥料は窒素リン酸カリの成分を一定の比率で混ぜ、その比 率そのものを名称に入れて販売されている(たとえば、BB473,やさい552号)。
各農家は農地の成分を分析して、適した配合の化成肥料を畑に巻く。これで病気もなく 植物が育てば、化成肥料をつかった現代の農業(慣行農法)は極めてシンプルな極めて効 率的な農業になるが、そうはならない。化成肥料のおかげで植物の育ちが良くなると、それを栄養源とする微生物や虫が農地に やって来て、植物に病気を発生させたり、食べてしまったりして農家を困らせる。たとえ ば、身近で見られる可愛らしい蝶モンシロチョウ。モンシロチョウは、卵をキャベツに植 え付けるため、幼虫はキャベツの葉を食べて育つ。子供に人気の可愛らしいこの蝶も、畑 ページ にくると、人間の収穫物を奪う害虫に化ける。放っておけば、化成肥料でよく育った畑の キャベツは全滅してしまう。ここで害虫を駆除する農薬の出番になる。化成肥料を使い植 物の生育が良くなることで発生する病害虫などの被害を農薬で抑える。
化成肥料と農薬。この2つが飢饉を駆逐し、廃棄が社会問題になるほどに食べ物を増や してくれた。飢えて死ぬ心配でなく、太ってメタボを気にする社会に変えた。飢える心配 なしに生活できる環境をつくった。化成肥料と農薬すなわち慣行農業が近代を作ったとい てもいいのかもしれない。
しかし、化成肥料と農薬だけを使っていればよいかと言えばそうでもない。農薬に耐性を持つ新種が生まれ効かなくなったり、生態系のバランスを崩し害虫の大発生の原因になったりして、土壌の生物性に影響を与えてしまうことがある。
そして、化成肥料と農薬だけに頼った慣行栽培では、年々収穫量が低減してしまう。生物性に影響が出るからだ。そこで、堆肥などの化成肥料以外の肥料を農地に入れて生物性 を改善しているのが現状の農業のようだ。化成肥料と農薬を用いて安定的に多大な収量を 得る。その知的な行いは農耕の始まった1万2千年前から近代までは考えられない農業で はある。一方で、部分的な理解で行われているために、生態系を崩してしまうことがあり、 その代償として時に大きな被害をもたらすことがある。60年代には人の健康問題として も大きく現れた。
そうした慣行農法の弊害を克服する観点からも、有機肥料が注目されている。投入し た天然由来の資材を微生物が分解し、それが植物の栄養源になる。そのため、生態系に大 きな負荷をかけないためだ。さらに有機肥料をうまく使えば、慣行農法と同等以上の品質 や収量を得ることも可能だ。そのためには、農地の環境を微生物が働きやすいように整える必要がある。ここに土壌の生物性を考える必要が出てくる。
③生物性
では、農地にはどのくらいの微生物が存在しているのか。あるデータによれば、農地一 反(10アール)あたりには700Kgの生物がいて、そのうち土壌生物は5%、糸状菌な どのカビは70%、残りの25%は細菌(グラフ「10a@生物比率」)。また、研究に よって生態が解明されているのは土壌微生物の10%、人工的に培養できるのは微生物全 体の1%で、他はまだまだ未知(グラフ「土壌微生物の生態解明状況」)。そして、土壌 1グラムには30億個の微生物が生息していると言われているようだ。解明状況に比例し て微生物が分布しているとすると、1グラム中27億個/30億個の生態は分かっていな いことになる。
そのため現段階では、微生物に適した環境をつくるために確立された一つの方法はない。 加えて、場所ごとに気候や土質が異なるので、すべての農地で微生物環境が異なるのも理 由の一つだ。たとえば、世界最高峰のワインを造るブルゴーニュ地方にヴォーヌ・ロマネ と呼ばれる村がある。そこにロマネ・コンティとラ・ターシュと呼ばれる同じ企業が所有 する畑があり、同じブドウ品種が植えられている。標高差もなく、100Mも離れていな いのに、それぞれのブドウから造られるワインは4倍以上の価格差がつく。この違いを作り出しているのが、造り手でもブドウ品種でもなく、畑そのものだ。ちなみに、この違い を生む要因は一般にテロワールやミクロクリマなどと呼ばれる。いずれも気候のニュアン スが強い表現だが、その主因は畑と考えてよいように思う。
経済的に考えれば、わずか100M離れた畑で4倍の差がつくなら、安い方の畑を高い 方に近づけようと努力する。ブルゴーニュ地方では14世紀から現在のブドウ品種が栽培 されているので、600年近くはこうした努力が続けられているともいえる。しかし、現 段階の科学知識ではその違いを超えられておらず、その違いを生み出している微生物の9 0%は未解明のままだ。
そのために「表1農法比較」で示した各農法で、有機肥料の利用有無が異なり、結果と して微生物へのアプローチも異なってくる。
3.農法選択と有効な指標の設定
では、こうした物理性・化学性・生物性の違いは植物にどういった違いを生んでいるの だろうか。現段階の我々の理解でザックリと言えば、生育、特に根の成長に影響する。い わゆる根張りだ。そして、光合成。結果として、収穫物の収量や栄養価に差が出る。
そのため、各農法の良し悪しを判断するには、収量と栄養価を指標として判断するのが 適当と考えるが、ここにも色々な考え方がある。
収量と栄養価は、農法により変わるという説、窒素施用量によるという説、旬とそれ以 外で変わるとの説、化成か有機肥料かで変わるという説。それぞれにデータもある。しか し、単一品種で比較した話もあるし、無作為に多くの野菜を比較した話もある。そして、 それぞれで解釈が異なる。また実体験として、有機農法の野菜が効く、無肥料の自然農法 または自然栽培で作った野菜しか効かない。慣行農法でもなんら問題はない、などなど。 正直、意見が色々あって何が良いのか分からない。
そこでなぜ、収量と栄養価を指標としたか理由を示したい。結論から述べれば、収量は 事業として農業を成立させるためで、栄養価は人間の健康のためだ。
まず、収量について。自然栽培では無農薬・無肥料・無除草剤で行っているため、自然 に悪影響を与えることが殆どない。しかし、収量は慣行農法に比べて1/10~1/3と言われて いる。栽培が難しく量も取れなければ、需要を調整するためにプレミア価格になるが、ど んなに良い野菜でも3~10倍の値段を付けて売るのは難しいように思える。事実、農林 水産省の資料によれば、有機や自然農法の価格は慣行農法の1.5倍程度。これを前提に すれば、収量が慣行農法の1/10~1/3では事業として成立しない。単純計算で最大でも半分 以下の売上になってしまうからだ。ザックリと慣行農法の6~7掛けの収量が上がらなけ れば事業として成立しない。そのため、慣行農法の同程度の収量が一つの指標になる。
次に、栄養価について。これは健全な土壌ひいては高品質野菜の代理変数と考えている。 そもそも何故、人は野菜を食べる必要があるか。それは、必要な栄養素と食物繊維を摂取 するためだ。それらに加えて、土壌菌を摂取し腸内フローラ活性するため野菜は重要と、 近年、医学界から指摘されている。また、土と触れ合う生活も土壌菌を摂取するのに有効 であるようだ。
土壌微生物が旺盛な土壌では、健全な野菜が育つ。そのためには、良い土壌が必要だ。 それらの代理変数として、栄養価もう一つのを指標と考えている。
ちなみに、農地には1グラムで30億個の微生物がいるが、腸には3万種1000兆個 の微生物がいるようだ。それは、人の遺伝子2万~2万五千個に対して、腸内細菌の遺伝 子数は330万個とおよそ160倍の数になる。生物が腸から進化してきたことを考える と、数億年の歴史の中で相性の良い微生物を取捨選択し、腸内で共生関係を持ってきたと 言えるのかもしれない。
以上の内容が、色々な人の話や書籍、視察、農業研修センターや三水雅荘での再開拓の 経験から得た知識を、我々なりに解釈してまとめたものになる。こうした理解に基づき、 我々は、事業としての農業を行うためにクレドを考えた。すなわち、クレドが我々くらじ か自然豊農が目指す農業だ。そこで示した価値を提供することが我々のミッションだと考 えている。そこで、クレドをただのお題目でなく現実の事業に落とし込むために設定しているのがロードマップだ。